アラウンド・藤白台

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help リーダーに追加 RSS 1970年・北千里をゾウが歩いた!

<<   作成日時 : 2007/02/20 13:03   >>

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画像新千里東町のAさんからとっておきの写真をご提供いただき、デジタル復元してみました。

1970年夏、北千里駅前を箕面今宮方面から万博方面に行進するゾウの大群!藤白橋の上から撮られた写真です。

ゾウたちは、当時開催中だった万博のタイ国の「ナショナルデー」(1970/8/12・水)に出演するため、はるばるお国から船に乗って日本までやってきたのでした。神戸港で上陸し…歩け歩けとばかりに万博会場まで行進してきたのです!武庫川の河原で一泊し、西国街道(国道171号)→今宮で右折→千里二号線(またの名を千里東筋、現愛称は千里けやき通り)→万博会場へ…

行進を目撃したAさんの証言によれば、タイを出発したときは20頭だったのが、船の中で赤ちゃんが1頭生まれ、21頭になって赤ちゃんゾウも自分の足で歩いてきたそうです。新聞等で「北千里をゾウが通る!」と告知を見て行ったとか…。歩道に咲いた日傘の花や、等間隔に並んだ整理の警官からも、当時の興奮が伝わってきますね。

「ナショナルデー」は愛・地球博でもあったかと思いますが、万博の会期中に1日だけ、国ごとの「特別な日」があって、お祭り広場でお国を紹介するイベントをやったのでした。

こんな大事件が身近であったら当然僕も見に行ってたようなもんですが、記憶にありません…北千里を通ったのは平日だったのかな?…あ、でも夏休みか…

長旅をしてきたゾウはイベント後もしばらくの間、万博近辺の山田のあたりにとどまっていたそうです。(この写真を誰かお持ちではありませんか?)

この写真、当時の北千里の記録としても貴重で、街路樹が小さく夏なのに緑が少ないこと、交差点がスクランブル信号になっていないこと、右折車線の中央分離帯の切り欠きがなかったことなど、今との違いをたくさん見つけられます。

こちらのブログにも投稿していますのでご覧ください。

●このような貴重な写真がありましたら、画面右下の「メッセージを送る」でお知らせください。デジタル復元してご紹介したいと思います。

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コメント(12件)

内 容 ニックネーム/日時
時々拝見させて頂いておりましたが、
この象の写真を見て思わず初コメントです。

これは私が小学生の頃の出来事なのですが、
大人になってから思い出してみると・・・
実際に見たのか夢だったのかよくわからなくて
友人に語っても、「まさか象が!?」で相手にされなかったのですが、これで証明が出来ます。
あの象は幻ではなかったのですね。

ヒロバと名付けられた象がいたように思うのだけど・・・これは記憶違いかもしれません。

貴重な写真をありがとうごさいました。
みゅら
2007/02/20 15:59
みゅらさん、初コメントありがとうございます!僕が知ってる限りで、北千里には箕面の観光馬車の馬が散歩に来てたこともありましたし、ほんの数年前、ふじしろ幼稚園前の電柱にサルが出没して騒ぎになったこともありました。

「象 ヒロバ」で検索してみたところ…。
http://expo70.exblog.jp/m2006-08-01/

http://www.expo70.jp/dekigoto/index8.html
こちらによれば、8/12-20の間「象まつり」というイベントがあり、8/16に日本で生まれた子ゾウが「ヒロバ」だったとか…。船で生まれたのとは別かな?日本まで来て旅先で出産してショーに出てた親ゾウはすごい!
okkun
2007/02/20 16:34
船で生まれた象と、日本で生まれた象がいるということは、少なくても2頭生まれたのですねー。
日本で出産するとわかってて
妊婦な象を連れて来てたんでしょうかねー。
タイ人大胆ですねー(笑)

箕面の観光馬車!!!そういえば来てました!
記憶によると1979年ぐらいまでは来てたかな。
市内から来た友人が見て驚いてました。
箕面駅あたりから来てたとすると
馬は馬車をひきながらー結構長い距離ですよねー。
みゅら
2007/02/20 17:31
友人情報によれば今宮に馬丁さんの家があり、
今宮→箕面駅、が出勤コース、
今宮→北千里、が散歩コース
だったようです。会社と逆方向に行かないと気分転換にならない…という気分はよくわかります。(勝手な想像ですが)
okkun
2007/02/20 18:05
そうなのですかー!
今宮のお家からのお散歩だったのですね。
象が歩いたり、馬が歩いたり
まだまだのんびりしていたのですねーー。
みゅら
2007/02/20 22:06
私も見に行ったと記憶していましたが、平日だったという話を聞いて記憶違いだったのかなと思っていました。しかし、写真を見ると子供達が多いところをみるとやっぱり見にいつたんだ!と少し自信が出てきました。

しかし、日差しがきつかったのでしょうが、写真に写っている子供達のほとんどが野球帽をかぶっているのには驚きます。多分ジャイアンツのマークの帽子だったでしたよね。でもよく見ると阪神と阪急のらしき帽子も見えますね。
あと歩行者信号がありますよね?昭和45年にはもう歩行者信号があったんですね。
tsugio
2007/02/21 00:56
中央分離帯の標語には「ブレーキは早めに!スピードは控え目に」とありますね。交通事故が急増して「交通戦争」なんて言われた時代でした。この交差点の信号の変化を見るだけでも、信号ナシ→自動車用信号のみ設置→歩行者用信号設置→スクランブル化と、5年ほどの間にどんどん変化しました。今では自動車用信号は道路をまたぐアームに取り付けられています。
okkun
2007/02/21 01:28
ニュータウン内にいた動物ではないのですが、ニュータウンと隣接していた田んぼでは、まだ使役用のウシが活躍していました。友人は、よく落とし物があったよねーと言ってました。わたしは、牛に鋤をひかせて代掻きしているのを見たことがあります。これは「からすき」って言うんだと教えてもらいました。もうとっくに、この田んぼはなくなりましたけど。
pigmon
2007/02/21 07:48
むかーしむかしこんなこともありました。春日丘の松沢池で、逃げ出したペットのワニが見つかり(無事保護)…それ以来、どうも地図で松沢池の形を見ると、ワニの頭に見えて仕方ないのです。藤白台を食ってやるぞと。幼心に「ワニがいた!」というニュースがよほど怖かったんでしょう。
okkun
2007/02/21 19:14
写真を撮ったAさんに追加取材してきました。北千里を通ったのが平日だったのは確実だそうです。写ってるのも主婦か子供がほとんどですね…。隊列は大きなゾウから順番で(そうしないと歩幅が違うのでだんだん列が詰まってしまう)、船で生まれたという赤ちゃんゾウは最後からトコトコ歩いていたとか。船で生まれたゾウも来る…というのは新聞告知などで出ていたので、万博会場で生まれた「ヒロバ」とは確実に別のゾウだそうです。つまり帰りは22頭になったはず。当時、女性はほとんどがスカートで、こんな群集の画像でもパンツ(長ズボン)姿はまず男だと断定していいのがこの時代の特徴。1970年はひざより短いミニが全盛でした。このあとスカートは長くなり、パンタロンやホットパンツが流行るのはその後…と、一枚の写真からいくらでも話のネタは広がります。中央分離帯にいる2人のうち、右の帽子をかぶっている人が構えているのは8ミリフィルムでしょう。
okkun
2007/02/22 00:01
象の行進の写真 懐かしいでした。日本から帰る時、当時4歳の次男の手を引いて走って見に行きました。小さな子象が鼻を伸ばして道路脇の雑草を凄い力で抜いて食べていたのが印象的でした。走って見に行った(若い)母も今は高齢者です。歳月を感じます。
HAL 2007/04/08
2007/04/08 22:48
HALさん、やはり帰りも行進して帰ったのですね。見に行った方ならではの感想ですね。ゾウは長寿で有名ですから、このときの子象がまだ生きていることを期待しています。
okkun
2007/04/09 00:11

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