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大きな木だなとは思っていたのですが、吹田市立博物館を盛り上げる「勝手ブログ」によれば、太古の昔に一度は絶滅したとされていたのが中国で発見され、「生きた化石」とも命名されたのが1949年に再び日本に持ち込まれて今では普通に見られるようになったとか…。街路樹のシーラカンスと私は勝手に名づけてみました。1949年といえば中華人民共和国成立の年で、激動のときによく持ってきたなと思います。 古江台のメタセコイアは、もちろん千里NT開発当時に植えられたものでしょう。40年余しかたってないのに100万年の風格を感じさせるのは、さすがシーラカンス! |
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| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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中公新書の斉藤清明『メタセコイヤー昭和天皇の愛した木』は発見の歴史や大阪層群のことなどよくかかれていて大変おもしろいですよ。ところで、100万年前には日本にあったこの木は、固有種か外来種か? |
もりや 2007/02/02 14:33 |
中国といえば 以前 上新田に 中国領事館があったんでなかったかな? |
てつ 2007/02/02 19:02 |
昭和天皇が1966年春に視察に来られたとき、展望台からこの坂を下って藤白台に回ってきたと思います。記念植樹?…は考えすぎか…。上新田に中国領事館、ありましたね。この画像の道がエンジに見えるのはメタセコイアの細かい落ち葉のせいで、カラー舗装ではありません…。 |
okkun 2007/02/03 01:35 |
あの 赤(エンジ色)に めっちゃこだわりがあって ってか 他であまりみないもんで |
てつ 2007/02/03 21:19 |
藤白台でカラー舗装の記憶はないのですが、どこかにあるかな?うう〜ん…こんどまた津雲台まで見に行かねば…。1980年代以降にはやったカラータイル張りのじゃなくて、アスファルト自体が着色されてるやつですよね? |
okkun 2007/02/04 19:22 |
そおなんすよぉ タイルでなく アスファルトが赤いんで なんか 印象が強くこだわってしまいます |
てつ 2007/02/04 20:04 |
こんなに大きくなったんですね……感無量です。確か写真に写っていない右側には用水(or川?)があったような気がするのですが…。私は古江台幼稚園に通っていたとき、最初の1年間は確か古江台小学校の校舎を間借りしていたように記憶しています。幼稚園への通学路、当時はずいぶん長い緩やかな坂道に感じていたのでしょうけど、大人になった今もし再び歩くことがあればきっと近所にタバコを買いに行くような距離に感じるんでしょうねェ |
健ちゃん 2007/07/18 03:45 |
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